3年同棲、みごと婚約!女のピークを迎えた真希の話#終わらない恋のはじめかた
女の人生のピークはどこなのだろうか。
職場の女子会に参加しながら真希はそんなことを考えていた。
先月、3年同棲をした彼氏、悠希にめでたくプロポーズをされた。
長く一緒に暮らしていると誰しもが直面する“セックスレス”にも陥っていた。
本当にこのままでいいのかと思っていた矢先でのプロポーズ。
もちろん嬉しい気持ちはあったが、プロポーズをされた瞬間、この後の人生が26歳にして決まってしまった気がして、半ば諦めのような感覚も同時に感じていた。
今日は婚約祝いということで、同期が女子会をセッティングしてくれた。
銀座のデパートで美容部員をしている真希の職場は女だらけ。
この手のお祝いごとが大好きだ。
writer:エミチャンカパーナ『HappyWedding真希ちゃん』『HappyWedding真希ちゃん』デザートでプレートが運ばれてきて、女子たちは盛り上がる。
「おめでとう!」「結婚式楽しみだな~」「式場とか決めてるの?」自分が主役で祝われると気分が良い。
この前までは、<3年も彼氏と同棲しているのに、なんの進展もない可哀そうなアラサー>という位置づけだったのが、180度変わったのだ。
プレ花嫁のステータスは女子の中で最上級だ。
ひょっとしたら結婚式を迎えた花嫁よりも、プロポーズされた直後のプレ花嫁の方が上かもしれない。
となると今が人生のピーク…?それにしては気持ちが落ち着いている。
自分の人生で最大の喜びの瞬間はこの程度なのかと少し期待外れであった。
「いいな~私もプロポーズされないかなあ…」「いや彼氏いるだけましでしょ!」「あ、合コンあるよ!」女子たちの他愛もない会話の中に自分はもう入れない。
グチを言いあったり、恋バナをしたり、男の子と遊びに行ったり…もう一切のその手の行為はできないのだ。
女として最高のステータスを手に入れたと同時に、恋愛市場からは卒業だ。
私の女としての最終回は、あのプロポーズの瞬間だったのだ。
女子会帰り、酔いもあってかそんな寂しい気持ちが募っていた。
―――今日は悠希、起きてるかな…『帰るよー』というLINEには既読が付かないけど、お風呂に入っているだけならいいな。
こんな気持ちの日はやっぱり悠希に甘えたくなる。
そんな気持ちを確かめては、自分は悠希でよかったんだと実感する。
部屋の明かりが窓から外に零れている。
勝手な期待を込めて玄関のドアを開けると、電気も点けたまま、テレビも点けたままで悠希はソファで寝ていた。
服は床に脱ぎっぱなし、食べ終えたカップラーメンはテーブルの上に置きっぱなし。
その惨状にムカついた真希はクッションを悠希に向かって投げつけた。
「…痛ってえ!……なんだよもう…」そう一言だけ言って悠希はベッドにのろのろ歩いて行ってまた寝てしまった。
翌日は珍しく真希が休みの土曜日で、久しぶりに2人の休みが合う日だった。
少しゆっくり起きて家事をし、身支度を整えたらあっという間に昼前。
だがこの日も当たり前に悠希はまだ寝ている。
「ねえ、起きてよ。
どっか行こうよ~」真希は悠希の体を何度も揺らす。
「…あ~、もう寝かせてよ~…」ダルそうな返答に辟易とする。
なんだかバカらしくなってきた。
「なんでそんなにダラダラしてんの!?信じらんない!あんたの服も食べ残しも全部私が片付けたんだけど!」思わず声を荒らげてしまう。
「寝てただけじゃん!なんでそんな怒ってるわけ?」寝起きの悠希は機嫌が悪い。
「ずっと寝てばっかでムカつく!もう知らない!」真希は勢いで家を飛び出す。
予定はないけど、予定を埋めることは簡単だ。
LINEには女子4人グループからの飲みの誘い。
悠希と遊ぶかもしれないからと保留にしていた出欠を、参加で返す。
夜まで時間もあるし、ネイル行って買い物してからいこう。
良い気晴らしだ。
怒ってる?じゃない。
アラサーの女子会には、いつだって2次会から男が絡む。
恵比寿横丁に行くことにした。
4人集まった女子のうち、1人は既婚者だ。
ここまできて少し悠希の顔が浮かぶ真希の罪悪感を、なんの悪びれもなく参加する既婚者の彼女がかき消す。
恵比寿横丁では、声をかけてきた男4人と飲むことになった。
もし私がプロポーズされていなかったとしたら、本気でこの中から相手を探したりするのだろうか。
今はもう相手のスペックなど気にならない。
飲み会中、一度だけ悠希からLINEが入る。
―――怒ってる?夕飯は?怒ってる?じゃない。
そう思うならまず謝るべきだろう。
イライラは募る。
少しの罪悪感がどこかへ行った。
もう知らない。
夕飯くらいどうにかしろ。
終電のタイミングで男たちとLINEを交換して真希は帰ることにした。
他のメンバーはまだ飲むらしい。
男のうち1人がしつこく誘ってくるが、最後の最後で結局気分が乗らなかった。
帰宅するとまた悠希は寝ていた。
同じことの繰り返しにため息がでる。
普通こういうとき、起きて待ってるもんじゃないの?悠希はもうモヤモヤすらしないの?この先うまく結婚生活やってける気がしない…。
いびきをかいてる悠希を一度叩いてみたが、いびきが一瞬おさまるだけだった。
真希は静かに涙を流しながら眠った。
翌朝起きると悠希はもういなかった。
今日も休みだ。
どこに行ったかは知らない。
朝になっても昨日の男はLINEがしつこかった。
あまり気にしていなかったが、有名企業のサラリーマンだったらしく、誘ってきたご飯屋さんを食べログで調べてみると客単価10,000円。
うわっ、悠希と記念日でも行くかどうかの高級店だ…。
普通ならここで誘いに乗って、悠希から乗り換えてみるのかもしれない。
でも、なんとなくこういう店で背伸びした悠希を見てみたいと思ってしまう。
2人で、「なんかよくわかんないね…」とひそひそ話しながら食べてみたい。
悠希以外のどんな素敵な男と、どんな素敵なお店でご飯を食べるよりも、今は悠希と早く仲直りして、中ジョッキの生ビールを飲みに行きたい…。
あぁ…いまめちゃめちゃ寂しいな…。
婚約してるのにな…。
深くため息をついたときに玄関のドアが開く。
「おい!!!お前が買ってこないから買っちゃったよ!男に買わせんなよ~!恥ずかしいじゃん!」ぶっきらぼうに真希に渡してきたのは、分厚いゼクシィとコンビニの袋に入ったハーゲンダッツだった。
「次の休み、式場とか見にいこうぜ!」相変わらず悠希は自分のペースで生きている。
でもさっきまでスマホで調べていた10,000円のディナーより、今悠希から手渡されたコンビニのハーゲンダッツが食べたいと思う。
それにしてもコンビニかよ!と思わず笑ってしまった。
こういう不器用な機嫌の取り方も含めて、悠希らしくてやっぱりホっとするんだよな。
「やっと笑った!最近怒ってばっかだったから。
…なんかごめんね。
」バツが悪そうに悠希も笑う。
悠希からのごめんねなんて、もはやあってもなくてもよかった。
2人で笑えればもうそれでいい。
思えば真希も、結婚が決まってなにも行動していなかったし、自分の寂しさや要求をきちんと伝えていなかった。
私だって文句を言えるほど完璧ではない。
これから長い人生、少しずつ夫婦になっていけばいい。
コンビニアイスを食べる日もあれば、一日中寝てる日があったり、たまには高級レストランにも行ってみたりして、2人だけの家族の形を作っていければそれでいい。
それを想像することが、今はいちばん楽しい。
まずは服を脱ぎっぱなしにしてほしくないこと、休みが合えば2人で出かけたいことを伝えなきゃ、とハーゲンダッツを食べながら真希は思った。
(エミチャンカパーナ/ライター)