ハウレコ

【小説】幼馴染/恋愛部長

亮は、幼馴染の1人だった。

小学校のころからずっと同じ学校。

家も近所だったし、親同士も仲が良かった。

いっしょにいるのが自然だったし、お互い、異性と思ったことがないまま大きくなった。

好きだと気づいたのはいつだったんだろう。

もしかしたら、亮が、「好きな子がいる」と切り出した、あの瞬間だったのかもしれない。

writer:恋愛部長本当は、ずっと、忘れられなかった。

15年ぶりに、地元で行われる同窓会に顔を出そうという気になったのは、最近仕事で頼みごとをした、同級生の斎藤に、「たまには顔出せ」と強く誘われたからだった。

それまでどうしても足が向かなかったのは、会うと気まずい人間がいたからだ。

亮とは、大学で仲たがいをしたきり、もうずっと会っていない。

狭い田舎町の地元ならいざしらず、東京の都心で暮らす恵と亮が、道でばったり会う、という確率は限りなくゼロに近い。

「葉山も来るってよ」聞きもしないのに、ビールをつぎながら、斎藤が教えてくれる。

「仲良かっただろ。

お前ら近所だったし。

東京では会ってなかったわけ?」「亮? うーん、大学入ったばかりのころはよく会ってたけど、卒業したらそれっきりかな……」変に力が入らないように注意深く言葉を選ぶ。

気になる男の名前を口にしても感情が揺れて見せないようにできるくらいには、大人になった、と自分でも思う。

本当は、ずっと、忘れられなかった。

いまも、思わずつま先立ちしてしまいそうになるほど、緊張している。

小学校から、中学、高校までずっといっしょに学校に通った、幼馴染。

あの頃は、まったく何とも思っていなかったから、学校帰りにアイスモナカをかじりながら、団地の真ん中の公園で、恋愛相談をしたことだってある。

そのころあこがれていたサッカー部の先輩。

いまでは顔も覚えていないけれど、その先輩に、調理実習で焼いたクッキーをあげに行くのはどう思うか、なんてどうでもいいことを真剣に相談していたっけ。

亮は、そのころは、背だけヒョロヒョロ伸びていたけど、面立ちは子ども子どもしていて、中身も実際幼いところがあって、恋愛とかには全く無縁な毎日を送っていたから、恵の相談を、「ほえー」とか「ふえ~」とか気の抜けた相槌を打って聞いているばかりだった。

大学に入ったとき、恵と亮は東京の大学に進学した。

地元から通うのは少し遠かったので、2人とも、東京で一人暮らしを始めた。

そして、自然な流れで、週に一度や二度はいっしょにご飯を食べたり、酒を飲んだりするようになった。

それでも、亮を男だと意識したことはなかったと思う。

夜遅くなって電車がなくなれば、亮は恵のアパートに転がり込んで朝まで横になって行ったし、別に床に転がって寝る亮に、何か特別な感情を抱いたこともなかった。

ただ、女友達と飲みに行くと、決まって盛り上がる恋バナでは、亮の名前がちょくちょく取りざたされた。

「その幼馴染、あやしい!」「実は、その男の子とつきあっちゃったりして!」年若い女子たちの、無責任な恋バナで、なんとなく、亮が自分の恋人らしきポジションにいる、という認識はあった。

そして、それは、まだ誰も特定の相手がいない女友達のグループ内で、ちょっとした優越感につながっていたんだと思う。

「なんだかんだで、最後は、亮かもな~」恵は、ちょっと酒が入ると、頬を手に載せて、そんなセリフを吐いて、友人たちを色めき立たせたものだった。

それも、あの日、亮が恵を呼び出して、ある告白をするまでは。

男の子は、ある日いきなり成長するいつも亮は、突然その日連絡してきて、「腹減った」とか、「なんか食いに行かない?」とか言ってくるのが常だったので、わざわざ1週間も前から予定を聞いてくるなんて少しおかしかったのだ。

その日、めずらしく店を予約した、と言う約束の場所に行くと、亮は、見知らぬ女の子を連れていた。

「あ、こちら、大学のサークルの友達で、ユリちゃん。

ユリちゃん、これが、小学校の時からの友達で、恵」「え。

あ、……はじめまして」亮が、突然女の子連れだったことに、思いのほか、動揺してしどろもどろになる。

ユリちゃんは、ほっそりした白い小さな顔に、ベリーショートがよく似合う目の大きなかわいい女の子だった。

メイクもネイルも薄めなのにきっちり隙なくしてあって、いかにも都会の洗練された大学生って感じだった。

恵は、気後れした気分で、席についた。

亮は、明らかに浮足立っている様子で、ユリちゃんに、何を頼むか、何がオススメか、なんてかいがいしく話かけている。

とてつもなく場違いなところにいる、と恵は思った。

と同時に、無神経にそんな席に呼び出した亮にも腹が立つ。

「えっと、……ユリちゃんは、亮の、彼女さん……なの?」おそるおそる聞いてみると、2人は、示し合わせたように噴き出した。

「そんなんじゃないです。

ただの友達」亮も、そんなユリちゃんの横顔を呆けたような顔で見ながら、「そうだよ、そんなんじゃないよ、ねー」なんて言っている。

どう見ても、心底惚れている顔だ。

ちりちり、と胸が痛んだ。

それから2時間くらい、2人は恵の知らないサークルの先輩の話をしたり、大学の教授の噂話なんかを、楽し気におしゃべりした。

そして、「もう帰らないと、門限あるから……」とユリちゃんは席を立った。

好きだと気づいた瞬間に、失恋していることもある亮は、ユリちゃんを駅まで送ってから、また店に戻ってきた。

そして、赤い顔で、恵に、ずいっと近づいて聞いた。

「な、どう思う?ユリちゃん」「どうって?」亮は、うっとりした目で遠くを見ながら、言う。

「かわいいだろ~。

俺、ユリちゃんと付き合いたいって思ってるんだ」ちりちり痛かった胸が、いよいよズキズキ音を立てるように痛んだ。

「そうなんだー……わかったよ。

好きなのは、一目見て。

で、ユリちゃんはなんて?」必死で冷静を保ちながら恵はビールをあおった。

「まだ告白はしてない。

でも、たまに2人で映画見たり、お茶飲んだりしてるんだ。

ユリちゃん、まだ彼氏いないみたいだし」亮がそんな風に、夢見がちに誰かを好きだというのを見る日が来るとは。

まったく予想もしていなかっただけに、ショックが大きかった。

男の子は、ある日いきなり成長する、というけれど。

まさにある日突然だ。

これまで、恋のこの字もなかったのに。

自分を差し置いて、誰かと付き合いたい、だなんて。

もうデートして着実に近づきつつある、なんて。

「で、まだ付き合ってもいないのに私に紹介してどうするの?」恵は亮を睨みつけた。

「いや、恵だったら、ユリちゃんとも仲良くなれるかなって思って。

ユリちゃん、女友達少ないって言うからさ。

お前、女友達多いだろ。

仲良くしてさ、そんで、……俺のこと」「売り込めっていうの?」「いや!それはいいわ。

俺、自力でがんばるから。

」亮は、たはーっ! と照れながら、ビールを飲み干し、嬉しそうに目をしわくちゃにして笑った。

「そっか……」私は、亮のこと、好きだったんだ。

唐突に、気づいた。

いつもいっしょにいて、当たり前のようにしゃべって、笑って、怒って、何とも思ってないって思ってたけど、それくらいいっしょにいるのが当たり前になってただけで、本当は、誰よりも、亮のことを好きだったんだ。

だから、ほかに、誰も付き合いたいって思う人がいなかったのか……。

好きだと気づいた瞬間に、失恋していることもある。

恵は、ふっと自嘲気味に笑って、ビールに口を付けた。

いつも思うことだけど、ビールって何が美味しいのか全く分からない。

ただただ苦いだけじゃない、と恵は、思った。

「ほかに好きな人がいるなら、しょうがないよ」ユリちゃんが連絡を寄こしたのは、3人で初めて会ってから1週間くらいたってからのことだった。

突然メールが来て、「お茶しませんか?」と言う。

本当はもう二度と会いたくない気分だったけれど、日に日に亮への想いが胸に重くのしかかっていて、2人のその後が気になったから、つい二つ返事で出てきてしまった。

改めて昼間会うユリちゃんは、相変わらず、かわいくてオシャレで、どこかとらえどころのない雰囲気の女の子だった。

「急に、すみません」ユリちゃんは長いニットの袖で手の甲まですっぽり覆って、大きなカフェオレボウルを抱えて、上目遣いに恵を見た。

「実は相談に乗ってほしくて……」「相談……?」恵は、吸い込まれそうな大きい真っ黒なユリちゃんの目を覗き込んだ。

こんな子に好きになられたら、どんな男の子も、好きになるだろうな……と思う。

「亮さんのこと、なんですけど」「亮がどうしたの? 告白でもされた?」つとめて何気なく、さっぱり風の女を装って、聞く。

「はい。

そうなんです。

やっぱり恵さんには相談してたんですね……」ハッキリそう聞くと、やはり胸が痛む。

「どう? ユリちゃんは、亮のこと、好きなの?」ユリちゃんは、少し困ったように沈黙した。

「好き……は、好きですけど。

お友達? って感じで。

」「お友達? 付き合うのは無理?」思わず、身を乗り出しそうになる。

亮、ごめん。

恵は心の中で亮に謝る。

「あの、私、ほかに好きな人がいて。

亮君のことは、好きだけど、その……好きな人のことがあるから、付き合うのは無理っていう……」「そうかー……。

うん、それは仕方ないよねー……。

そうか」我ながら現金だが、痛かった胸が収まって、ちょっと元気も出てきた。

「その好きな人には、ユリちゃんは、告白とかしたの? 気持ちは伝わってる?」急に、恋愛相談モードになる。

こういう話は女友達が多いから大得意だ。

「ううん、まだ。

告白なんて無理よ~!」ユリちゃんは、赤くなってニットの袖で顔を覆う。

「でも、……なんか亮君のお友達にこんな相談していいのかな。

亮君に悪いよね?」「いや、亮のことはいいよ。

亮もさ、いいやつだからさ。

もし好きだったら、付き合ってやって、って言うところだけど」「そうなの?恵さんがオススメするなら、私信じちゃう。

」「うん、いいやつだよ。

でも、ほかに好きな人がいるなら、しょうがないよ。

好きな人に気持ち伝えるのが大事じゃない?」ユリちゃんは、黒い目を揺らして恵を見つめた。

「恵さんは、すごいね。

かっこいい。

そんな風に言えて、うらやましいな……。

私はいつも流されてばっかりで」「ユリちゃんも、ほら、自信もって、気持ち伝えなきゃ!」恵は、調子よくそう言うと、その日は、ユリちゃんの好きな人の攻略について、それから2、3時間くらい話し込んだのだった。

一瞬で、すべてを失ったその日のことを、後から何度後悔したか知れない。

しまった、と思った時には、すべて後の祭りだった。

亮に呼び出され、喫茶店で彼の顔を見たときに、何かがいつもと決定的に違うことに気づいた。

「どうしたの? 亮……」「お前さ、ユリちゃんがほかの男とくっつくように応援したってホント?」「え、……それは」「俺がユリちゃんのこと好きだって、知ってて、そんなことしたんだよな?」亮は、見たこともないくらい、怒っていた。

そんな風に怒っていると、亮は年齢相応に大人びて見えた。

弁解の余地もなかった。

「俺、お前のこと、誰よりも信じてたのに。

親友だと思ってたのに……」亮は傷ついたように吐き捨てた。

「ごめん……そんなつもりじゃな……」声がからからになってうまく出なかった。

どうにかしてこの場をおさめなくては。

それでも、亮があの子とくっつくのがどうしてもイヤだったんだって、伝えなきゃ。

焦って頭の中で言葉がぐるぐる回っていた。

「亮、実は……あたし……」言いかけたときに、亮はもう、伝票をつかんで立ち上がっていた。

「ユリちゃんは、俺と付き合うことになったから。

お前がどんなに邪魔しようが、もう関係ないから。

じゃあな」カラン……と、喫茶店のドアについたチャイムが乾いた音を立てた。

目の前のコーヒーが気づけば、氷のように冷たくなっていた。

「そうか、ユリちゃんと付き合うことになったんだ……なーんだ、よかったじゃん。

」笑おうとしたけれど、涙がポロポロこぼれて落ちた。

一瞬で、何もかも、なくなってしまった。

短かった恋も。

幼馴染の友達も。

学校の帰り道、夕日に照らされ、坊主頭で振り返った、あの懐かしい笑顔も。

恵は、声も立てずに、テーブルに突っ伏して、涙を流した。

いつでも、胸の奥に、痛みとともに思い出す顔があったそれから、亮とは会わないまま、東京の生活はあっという間に過ぎて行った。

社会人になり、アパートからもっとましなマンションに引っ越し、それなりに小ぎれいな身なりになって、10歳も年上の、見栄えのいい彼氏もできた。

でも、いつでも、胸の奥に、痛みとともに思い出す顔があった。

どんなに素敵な男に出会っても、あの、素朴な笑顔で肩を並べて笑い転げていた、幼馴染の存在を超えることはなかった。

同窓生の結婚の話もちらほら聞くようになり、いつもその中に亮がいないか、ドキドキした。

15年ぶりの同窓会に、同級生の斎藤に誘われた時、もうそろそろこの長いもの想いに、区切りをつけなければならない、と恵は思ったのだ。

「恵~! 久しぶり!」何人かの同級生に声をかけられ、ワーッとかキャーッとか騒ぐうち、2時間があっという間に過ぎた。

どこかにいるのかもしれないが、亮の姿は見当たらなかった。

そろそろ帰ろうか、とあきらめかけたころ、恵の視界をスッと遮った男がいた。

「よお。

久しぶり」顔を上げると、そこに、懐かしい笑顔があった。

亮は、15年も会っていないとは思えないほど、変わっていなかった。

相変わらず、髪の毛がボサボサで、猫背で、目じりにしわが寄っていた。

「亮……」思わず、声が詰まってしまった。

もう一度、恋を始めていいだろうか騒がしい居酒屋を抜け出し、季節外れの色あせたパラソルが並んだガランとしたテラスに出て、亮と恵は、改めてワイングラスで乾杯した。

「どうしてた?」亮が柔らかい口調で聞く。

それだけで、胸がいっぱいになりそうだった。

「うん、仕事、したり。

あ、食品メーカーにいるんだけど。

忙しくしてた。

亮は……?」「俺も。

あ、俺はさ、製薬会社のMRになったんだ」ポケットから名刺を出して渡してくれる。

それからしばらく、お互いに黙り込んでしまう。

でも、言わなければ、と恵は決意して顔を上げた。

「亮、あのさ、ずっと謝りたかったんだ。

私……」「んー?」「ごめん! ……ごめんなさい! あの時、ユリちゃんとのこと……」「あー、ユリねー。

それ、なんだっけ?」笑ってかわそうとする姿は、さすがに30過ぎた男の貫禄がある。

ユリ、と呼び捨てにしているところが、15年前の亮とは違う。

久しぶりに胸が苦しくなる。

「今でも、付き合ってるの?」「いや、もう付き合ってないよ。

大学卒業して、しばらくして別れちゃった」「そうなんだ……」恵は、足元に目を落とす。

「恵は? いま彼氏とかいんの?」「あ、……一応。

付き合ってる人は……いるかな」「そっか。

そーだよなー」亮は、大きく伸びをした。

会話が終わりそうで、今にも、亮がみんなの輪に戻っていきそうでちりちりと焦りが駆け上る。

「あのさ、本当は、あの時さ、……私」亮のシャツの裾を必死に握りしめて、恵は言い淀んだ。

すると、それを遮るように、亮が口を開いた。

「ごめん……恵」「え?」「あん時さ、ユリが言ったんだ。

もう二度と恵さんと会わないでって」「は?」「ユリが、泣くから。

心配だって。

俺とお前が仲良くて嫌だから、もう2人で会わないでって言うから。

俺、そんなことわけないよって、言っちゃったんだ。

あん時」ユリちゃんの真っ黒な目がじっと覗き込んできた時のことを思いだした。

「俺、ひどいよな。

お前友達なのに、そんな彼女の言うこと聞いて、お前にずっと連絡できなくて。

友達失格だよ……」亮は、しょんぼりした顔で言うと、目をクシャっとさせて苦笑した。

「よかったわー。

俺、ずっとお前に会ったら謝ろうと思ってたからさー」「ちがう……私のほうが謝りたかったの……」恵は半泣きになりながら、亮を見上げた、亮は、ポンポン、と恵の頭を軽くたたいた。

「ほんじゃな!」待って、待って、私はあなたが好きだったんだよ。

彼女が私を警戒したのは、当然だよ。

だって、私、亮のことが……亮の背中を目で追いかけて、声にならない思いが込み上げた。

「亮!」亮が不思議そうに振り返った。

ここから、もう一度、恋を始めていいだろうか。

ずっと凍り付いていた、過去の想いを、すべて洗い流して。

もう、あの日、立ち止まってしまった女の子はどこにもいない。

坊主頭の幼馴染も。

恵は、ぎゅっと手を握りしめて、一歩、前へ踏み出した。

(恋愛部長/ライター)(ハウコレ編集部)

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