結婚に焦る優香の話#夢みるOLの「終わらない恋」のはじめかた
「お父さん、お母さん、今までありがとう。
」このセリフを聞くのも今年だけで5回目。
友人の晴れ姿を見ながら優香はしみじみ1年間を振り返っていた。
今年は本当に結婚ラッシュだった。
去年までに結婚した友達に対しては「結婚が早い」という評価であったが、今年になってからは未婚だと「結婚が遅い」だと。
26歳。
これまで結婚の適齢期などあっただろうか?結婚には「早い」か「遅い」かの二択しかなかったような気がする。
そもそも結婚という観点以外からも私は順調と言えるのだろうか。
優香は辞めたいと思っている広告制作会社での仕事も5年目を迎えていた。
外に出たときに自分に市場価値があるとは思えない。
もう若くないんだよな…心の中でそう呟き、優香は完全に諦めモードだ。
writer:エミチャンカパーナ 金曜日、優香は大学時代の友人である真希、エリ、美波とコリドー街で飲んでいた。
4人とも都内で働いており、定期的に集まっている。
最近は新橋の横丁系で飲むことも多かったが、今日は久々に気合いのコリドー。
というのもナンパされることで女としての自分の市場価値を確かめて自信を取り戻したかったからだ。
「で、最近どうなのよ?」さりげなく周りの男性客を見渡しながら優香が切り出す。
「いや相変わらず上司はクソだし、悠希も帰り遅くて時間合わないし。
」彼氏と同棲3年目の美容部員、真希が言う。
「真希ウケる。
私今月営業成績ナンバーワンとったの!」人材会社の営業をしているエリは昔から要領が良い。
「さすがエリ!私は上司が産休入っちゃって、最近残業続き。
まあいいんだけどさ、見た目地味なおばさんなのに、まだ旦那とヤってるんだ…てことばっか気になっちゃって。
」大手企業で役員秘書をしている美波が言う。
このメンバーはみんな未婚だ。
まだ大丈夫。
先週の結婚式での焦燥感は忘れよう。
そう思った矢先、「ていうかさー、一個報告があって…。
実は悠希からプロポーズされたんだよね…。
」「エーーーーーー!!!!!!!!」全員の声のボリュームが急に大きくなる。
「だって真希、こないだもう無理!とか言ってペアーズ登録してたじゃん!」エリからはさらっと衝撃情報が飛び出す。
「ちょっとエリ、それは言わないでよ!意外ときちんとディナークルーズでプロポーズされてさ。
思わずその場でOKしてきた。
」真希の突然の報告に全員の思考がついていかない。
「…いやあびっくりだ…。
悠希くん、ディナークルーズとか予約するんだ…」優香も心底驚いていた。
真希の顔には薄っすら余裕が浮かんでいるように感じる。
「いや驚いたけど、なによりおめでとう!」エリが仕切りなおして、ワインボトルのメニューを取ろうとした瞬間、1人の男性が声をかけてきた。
「すみません。
女子会中な感じですか?よかったらご一緒しませんか?」声をかけてきた笑顔が素敵な男性の後ろには、知的な眼鏡の男性と、高身長で塩顔の爽やかな男性も立っている。
来た!!!優香は心の中でガッツポーズをしていた。
実は声をかけられる前から優香からはこの3人組が見えていたのである。
特に優香は塩顔高身長の男性がタイプ。
心の中ですでに『井浦新』というニックネームまでつけていた。
「そうなんです!ぜひぜひ〜」優香は今日一番の笑顔で自分の隣にスペースを空ける。
「なんか邪魔しちゃったかな?」井浦新が聞く。
「全然そんなことないですよ〜!」全員の1オクターブ高い声が揃う。
翌朝、シティホテルのベッドの中で優香は目が覚めた。
かすかに聞こえるシャワーの音が心地良い。
「おはよう。
体調は大丈夫?」シャワールームから出てきた井浦新は、髪の毛が水に濡れている姿もサマになっている。
「大丈夫です!あの…、昨日はありがとうございました!本当に楽しかったです!」優香は答える。
「そんな固く言わないでよ。
僕も楽しかったよ。
」井浦新の眩しいほどの優しい笑顔に優香は朝から興奮しっぱなしだ。
ああ、昨日は夢のような時間だった…。
あんなに気持ちが良いセックスをしたのはいつぶりだろうか。
昨日が私の処女喪失にしたいくらい最高の夜だった。
優香は興奮が止まらない。
昨日の服のままだと恥ずかしいでしょ?という井浦新の粋な気遣いで朝からタクシーで自宅まで送ってくれた。
ワンナイト後に下り電車に乗ってカップルや家族連れを見たときの後悔モードもなく、夢心地で帰宅した。
「で、あの後のことをみんな報告してもらおうか?」と、唯一持ち帰られなかった真希は説教風な演技をしているが、顔は笑っている。
あれから一週間が経ち、今日は女子会だ。
前回のコリドーでのイイ思いをしたので、今回も横丁系ではなく、ちょっとおしゃれな丸の内イタリアンバルにした。
「まあセックスは普通かな。
でも終わった後に、俺寝てるから好きなとき帰って良いよとか言いだしてさ。
呆れてもう連絡取ってない。
」エリは知的眼鏡の家に流れ込んだがハズレだったようだ。
「うーん、なんか勝手にすぐイっちゃって微妙だったんだよね。
」顔が可愛くモテる美波は、男のセックスに厳しい。
「2人は微妙だったのか。
まあ結局ワンチャン狙いだったわけだし、しょうがないか。
」自分だけ美味しい思いができなかった真希は少し安心しているようにも見える。
「で、優香は?どうだったわけ?」尋問の大トリは優香だ。
あの夜4人の中での一番人気は井浦新。
なによりルックスがダントツ良かった。
そんな男性に持ち帰られた優香はあの夜の勝者ポジションであったのである。
「悪いけどもう、本っ当に良かったよ。
想像通り良い体してんだわ。
セックスの相性も抜群。
帰りも朝なのにタクシーで家まで送ってくれて、今もLINEしてるの。
」優香は待ってましたと言わんばかりに自慢げに話す。
話しながらあの夜のことを思い出して、まだニヤニヤが止まらない。
やっぱり私は井浦新に惚れている。
久々の恋だ。
ついに現れたんだ、私の王子様が…!「えー!優香いいなあ〜。
私が不甲斐ないセックスをしてる間にそんないい思いをしていたとは!」美波は悔しそうにからかう。
「羨ましいな〜。
でも結局ワンナイト?」エリが聞く。
「え?いやいや…私は本気!あんなイイ男いないし、あっちも私のこと好きってLINEで毎日言ってくれるし。
なんならちょっともう付き合ってるみたいな?やっと大殺界から抜けた気分!私の運命の相手は彼だったのかもしれない。
」優香の脳内は花畑状態だ。
「ねえちょっと優香、それまじで言ってる?本気なの?」浮かれる優香を真希の冷静なトーンが現実に戻す。
え、なんでおめでとうと素直に祝ってくれないの?自分は婚約しているからって少し上から目線な態度、気にくわない。
「本気だよ!なんで?悪いところが見当たらないんだけど!」優香が応戦する。
「そっかあ。
でもさあ…」エリが言いかけたとき、優香のスマホが鳴る。
『今日の夜、ちょっと時間ある?また会いたくなっちゃったな。
』井浦新からのLINEだ。
「ほら!もうこれ両思いじゃない?」優香は自信満々にそう言う。
3人は絶妙なタイミングに少し驚きながらも浮かれている優香を見て苦笑いだ。
「ねえ、優香さあ…気が付いてるかもしれないけど…」耐えかねた美波が切り出すと、真希もエリも黙って優香の方を見る。
ーあの日、井浦新の左手薬指には光るものがあったのだ。
「…みんなが気にしてることはわかるよ!でも、私不倫でもいいかも。
今彼氏もいないし!今日も会いに行くよ!だって彼が会いたがってるんだもん!私は絶対会いに行く!」優香はまくし立てるように早口で言う。
「いやちょっと待ちなよ…」美波が心配そうな顔で優香をなだめる。
「とりあえず、気持ちが冷めるまで!今はまだ恋してたいの!都合いい女でいいから!」必死な優香にエリも美波も言葉が出ない。
そこに口を閉ざしていた真希が言う。
「ちょっと優香、冷静になりなよ。
ねえ、今から不倫なんて絶対やめなよ。
気付いたときには30歳を超えて、もしかしたら40歳になっていて、人生の多くの時間を無駄にして、その後何も残らないよ。
今回のことは楽しい思い出として終わりにしよ?いつも頑張ってるご褒美としてイケメンと寝れたっていうさ…」真希の説得に被せるように優香が反論する。
「真希は余裕があるからそんなこと言えるんだよ!私からしたら久々の恋愛で、こんなにドキドキしたのも久しぶりだし、もう少し夢見させてよ!本気にならないし、良い人見つかったらすぐ別れるし!なんでそれがダメなの!」優香は目に涙を溜めながら訴える。
本当は、本当は優香だって初めて井浦新と出会った瞬間から指輪には気がついていた。
必死な優香に3人はどうして良いか分からず、重い空気になってしまった。
気まずい沈黙の後、美波が口を開いた。
「あのさ…あのイケメンだって奥さんに嘘ついて優香と泊まったわけでしょ?到底いい男に思えないよ。
最近優香、仕事も辞めたいって暗そうな顔して言ってたし、結婚したくて焦ってたし。
あいつはそんな心の隙に入り込んできた優しい顔した詐欺師だよ。
」美波は続ける。
「私たち詐欺師なんかに狙われる立場じゃないと思うよ?まだ26歳だし、社会的に需要しかないはず。
真希も言ってたけど、こんな美味しい時期を無駄に詐欺師なんかに捧げしまうのはもったい無さすぎる。
」美波の顔は真剣だ。
優香はついに泣いてしまった。
「みんなごめん…。
本当美波と真希が言うとおりだよね。
」「そっか、まだ私達って若いんだよね。
なんかさ、ここんとこ友達の結婚式が続いててさ、理由もなく『結婚しなきゃ』と『仕事ダルい』だけになってて。
」優香の素直な気持ちに3人とも静かに耳を傾ける。
「そんなタイミングでさ、あんなイケメンが現れるんだもん。
ずるいよね。
私にも奥さんにも他の女にも嘘ばっかりついてきたって思うと、美波の言う通り本当詐欺師だね。
うん、頭ではわかってるんだよ本当は…。
でも、今日だけ行っちゃダメかな?今日で最後にするし、1回会ったらLINEもブロックするから…」優香の切実な気持ちに3人共黙ってしまう。
重い空気と裏腹に唐突に明るい声で真希が喋り出す。
「…え?そっかあ優香残念だな〜。
今日はこの後新しくできたそこのバー、商社マン御用達のナンパスポットで飲み直すつもりだったけど…。
優香だけこれないなら仕方ないね〜。
3人で商社マンと楽しんで来るかあ!」真希の提案に美波もエリも満面の笑みを浮かべ、盛り上がる。
「えー!ほらインスタ見て!あの店の中イケメンばっかじゃん!」美波が大袈裟にリアクションする。
「うわ、早く行こう!じゃあ3人で楽しんでくるね!」エリもニヤつく。
「……わかったよお!私も行く!今日は会わない!てゆうかもう会わないよ!だから仲間に入れて!!私も商社マンと飲む!!…ア〜〜〜〜本当いい男だったなあ。
井浦新に似てて、すっごくタイプ!悔しいよ〜!マウントレーニア飲むたびに思い出すじゃんもう!!」優香は涙を流しながらも既に顔は笑っている。
「それでこそ優香だよ!」真希が満面の笑みを向ける。
「泣け泣け!あんな男忘れちまえ!そもそも井浦新ってそんなにカッコいいか〜?!」エリが笑わせてくる。
「まあ、壺売られなかっただけ良かったよね!」美波もからかう。
こうやって真剣に自分のことを考えてくれて、一緒に笑ってくれる友達がいるだけで十分幸せなんだと優香は気持ちが温かくなってきた。
サラバ、井浦新!!それから3ヶ月後。
優香は新しいスーツを着て大きなビルのエントランスにいた。
新卒のとき、第一志望先であった広告代理店に転職したのだ。
今日はその初出社日。
5年越しの夢を叶えた日だ。
ずっと辞めたいと思っていた会社だったが、辞めると伝えると上司も同期も後輩も悲しんでくれたし、盛大に送別会もしてくれた。
これまでの5年間、無駄ではなかった現れだ。
これまでがあったからこそ今がある。
きっとこの先も大丈夫だ。
なにより私はまだ若い。
隣のデスクは、若々しく爽やかな男性社員。
優しい笑顔で優香を歓迎してくれた。
案の定優香の顔は少し赤くなる。
彼の薬指に光るものはなかった。
(エミチャンカパーナ/ライター)




